大自由になりたいあなたへ。

一生懸命やってるけど、伝わらないあなたへー。頑張らずに、ありのままでも認められるあなたになるためのセッション。

ねっち

ラインでもらった文章です。

残しておきたくて。

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ねっちと話して昨日、おれが感じたこと
(あくまで俺が感じた世界だから^^)

 

・まだ何も始まってないけど、昔経験したねっちの中のチームプレーへの諦めが、このチームとオーバーラップしていて、メンバーの反応や言葉、文字などを見て「あぁどうせ」「なんでもっと動かないんだよ」といった観点が、メンバーをそういう存在として規定されている

 

・ということは、ねっちの中には「こういうチームプレーをしたい!」「こうありたい!」という希望、愛する未来がある。かなり幅広い人に優しくできる人。

 

・多分、嫌いな人は、コントロールする人や組織の長、暴力的な人、その場を仕切る人、人の話を聞かないでその場を勝手に作る人など、周りを考えず自己中心的な人が嫌い。そうなりたくない。そうならないように頑張ってきた。

 

・だけど、そうなるとねっちと対称的な人からすると、ねっちがコントロールする人に見えたりもする。(男性性と女性性の裏返し)コントロールする人が嫌いだから、自分なりの場を作る(コントロールする)など。

 

・1人プレーだと、ねっちに限界がくる。ねっちが1人で頑張らないといけない + チームがどう動いていいかわからず動けない。リーダーとフォローの明確なディファインが必要。きっと、ねっちは優しくて、リーダー的な仕切るポジションの人が嫌いだったら、リーダーとフォローの区切りをつけるのが嫌いだったりしない?

 

・何が良い悪いは一切なく、これが良い、これが悪い、と意味づけをしている自分がいる。人間は涙しかないから、その涙を共有して、場の結集が作れる。

 

・ねっちのリーダーシップはきっと、誰も言うこと聞かない、言った通りにやってくれない動いてくれない。だから、しょうがないから自分1人でやるリーダーシップ。諦めのレンズから場を見たときにできる、仲間と自分との分離、曖昧なクローズ界、という1人プレーのクローズ界がしっかりできてる。

 

ところから、

みんな、自分の話聞いてくれないと思っていたけど、自分の意志が伝わるまで伝えきることで、最初から仲間に諦めて、仲間と作るチームプレーのクローズ界ができるんだ。

仲間への希望、聞いてくれないと思っていたけどそれは自分の涙で、もし相手が言った通りにできない、反発してきたとしたら、それはそれで相手の涙、ねっちの意志とは全く関係がない。

ねっちの意志とは全く関係がない。全ての涙を包み込んで、全てが自分、のJGの目的と一貫したクローズ界。

 

ねっちの人に対する優しさは、自分の母親のような場をコントロールする人、言葉の暴力か手が出るのかはわからないけど、そうした自分を作り上げてきた、自分は絶対なりたくない、こんな人間なんて嫌いだ、こんな人間とチームプレーなんてできるかよ!!って思ってた諦め絶望から、そうした人たちも、コントロールして生きてこないと保てなかった人生があるんだ、暴力的にその場を支配しても、周りができない人間に見えて、自分が頑張るしかない、、、どれだけ怒っても誰も何もしてくれない。。。そんな、ねっちと対極にいる人も、諦めと怒りから、人に怒りをぶつけるしかない。

相対世界は、同じ感情を機転として真逆にいく。ねっちとねっちが嫌いな対極な人は、同じ悲しみや怒りをもっていても、表現が真逆になる。だから、自分が反応する人は、自分と同じ感情の根っこ、こんな自分を表現して良いんだってことを伝えてくれてる。
それを、「そんな自分でいるなよ!小さい頃に捨ててきたんだから。。」
というのか、
「小さい頃に愛されないと思ってた自分は、実は親からするとそれが精一杯の愛する表現だったんだ。親も、その親にそう育てられたから、それが精一杯の愛情表現だったんだ。」
そして、
「そうした体の涙のストーリーを包み込む、創造する自分が、新しいチームプレーをどう作っていくのか、仲間と。」

っていう、ねっちしかできない美しいリーダーシップを発揮する姿が見えたよ。